忍者ブログ
小学校の子ども達のことや、学校の様子を振り返って & おすすめの本、趣味の話など…まあ、適当に。 (2022.6.14ここに引っ越してきました)
[153]  [152]  [151]  [150]  [149]  [148]  [147]  [146]  [145]  [144]  [143
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ここんとこいろいろ行事とか研究発表会とかでめちゃめちゃ忙しかったんで、ブログの更新どころか、他の方のブログを見に行く余裕さえもなかった私です。一応一通りの行事は済み、一息ついたので、その研究発表会のことを少し(学校がばれちゃうと困るんで詳しくは×なんですが)書きたいと思います。

研究発表会でする授業の指導案は、印刷に出す都合上、遅くても一ヶ月くらい前が締切です。それで、その締切までに、その日はどんな授業をどう進めるか、自分はどのような手だてで子ども達にめあてを達成させるか、そこまで考えて指導案を書き上げておかないといけません。でも、みっぴは特にその教科について詳しく研究しているわけではないので、テーマの主任に尋ねながら指導案を書き上げました。

何日かして、「みっぴ先生、ちょっと書き直してから印刷に出したから」と言われて、(あー、まだみっぴの勉強不足なところがあったんだなー、詳しく書いてもらったのかなー)くらいに思って、その「書き直した指導案」のデータを開いてみて――目が点になりました。

「教師の指導と支援」の項目、みっぴが書いた時の倍近い項目が書き連ねてあるんです。

「何、これ?」

よく読むと、「○○を押さえる」「○○を取り入れて書かせる」など、みっぴが必要ないと削った項目ばかり。厳密に言うと、それを授業の中でするかもしれなかったけれど、本筋には関係ないので指導案に書く必要はない、と判断していたのです。それをそんなにご丁寧に書かれたら、授業で「しない」わけにはいかなくなっちゃうじゃないですか。例えば、「問題文を読ませる」と書いてあればそのときの時間や子どもの理解度に合わせて何回読むか調整するのに、「問題文を3回読ませる」と書いてあったら、3回読まなきゃまずい、となるでしょ。そういう感じで事細かに書かれちゃったんです。

はじめは、「こんなのできるはずがない!修正案を出そう」と思っていたんですが、よく考えたら、修正したところでそれを主任に見せてOKは出るわけがない…。発表会当日は何としても指導案どおりにしなければ…というか、「指導案通りにしたように見える授業」に組み立て直さなきゃ、と考え直しました。事前に他の学級を借りてそのまま授業をしたら、2単位時間(90分)かかってしまいました。これを1単位時間(45分)に組み立て直す?無茶ですよ。でも、やらなきゃならない。発表会当日までずっと悩みまくりでした。

おまけに、前日になっていろんな仕事(もっと前にやっておけよ!というような仕事)がどんどん降りかかってきて、「これはあいつの仕事のはずだ」「この仕事はもっと前に済んでいたはずだ」「この前OK出しといて何で今頃やり直しなんだよ!」と思いながら夜遅くまで学校に残って仕事しました。他の先生が自分の授業の板書計画を確認したり、教室をきれいに飾り付けたりしてるのを横目で見ながら、他人の仕事をしてました。だから、教室の掃除とか細かい環境整備(掲示物を貼り直したりとか)は、ホントはいけないと思うんだけど、当日の午前中、子どもにプリントさせながらこっそりやりました。
(´ヘ`;)ハァ

研究発表会の授業そのものは、何とか45分内に終わらせましたが、子ども達はものすごく消化不良だったみたいです。こっちが指導案に書かれてしまったことを全部したわけですから、その分、どうしたって子ども達の活動は減るんです。子ども達が十分活動したり、考えたりしないで、理解できるわけがない。特に1年生ですから、大学の講義のような授業では通用しないんですよ。それでも「他の学校の先生が見に来て下さってるから」という顔で、子ども達は健気にがんばってくれました。

次の日、研究発表会に来て下さった先生の一人と話す機会がありました。その先生が「本当は協議会で質問しようかと思ったんだけど…。」と、気になったことを話してくれました。主任の学級を見に行ったこと。子ども達は育っているようだったけれど、テーマで掲げられている「子ども同士の関わり」がどうしてもその授業では見られなかったこと。先生が一問一答のようにして次々と子ども達を引っぱっていったこと。「あの授業ではちょっと納得がいかないと思ったよ」

ああ、そうなんだ。ちゃんと分かる人には分かるんだ。あの指導案は、一問一答のための指導案なんだ。みっぴがいつもやろうとしている、子ども達が活動する中で解決していく授業ではないんだ。主任は、主題では「子ども達の活動を」「子ども同士の関わりを」と言いながら、自分は教師主導の授業を組み立てているんだ。

――みっぴがまともに授業できなかったわけだ。――

胸のつかえが取れたような気分でした。

研究発表会は「成功だった」とまわりの人には言われました。(学校全体としては、ね。)みっぴの授業の展開は「失敗」でした。でも、今までずっと頭の隅に引っかかっていた違和感の正体が分かったことは、すばらしい収穫でした。「あんなに研究ごとをしている主任の言うことだから」と言いきかせながらも自分が感じていた「何かおかしい」という勘のようなものは、やはり正しかったのだと確信できて、ホッとしました。

これからも、「○○の会」だの、「○○研」だのに惑わされず、みっぴは「一匹狼」で「我が道を行く」つもりです。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

念のために書いておきますが、「子ども達が活動する中で解決していく授業」というのは、「問題解決学習」を指すのではありません。向山洋一さんなどが著書の中でよく仰っている「説明はしない」ということに似ていると思います。主任の授業は、それこそ「説明する授業」なわけです。一年生にこんな授業したら、子ども達は疲れて寝てしまいます。私も眠かったです。

ヾ(@°▽°@)ノあはは



コメント

■うんうん

それよっく分かる。
それでいて筋書き通りに
進まないのよね。
もし進んでたら、子どもたちが
合わせてるんだろうね。

ぴょん (2005-12-21 00:56:50)


■そうだねっ

ぴょんちゃん、ご無沙汰してます〜!
そうそう、そうなのー。
子ども達が合わせるのに頼らなきゃいけないような指導案なんて…情けないよね。
もうこんなことはしないぞー。
おーっ(^o^)/

みっぴ@管理人 (2005-12-28 23:54:22)


■はじめましてです☆

向山洋一氏の本を読まれるんですね。

ぼくも。


ホームランの打ち方を「説明」して、ホームランが打てるようになったら、コーチなんて楽なもんですよね。それができないから「教育技術」があり、「授業研究」があるんですよね〜。

向山氏に納得。



またあそびにくるかも。
でわ。

北風と太陽 (2006-01-02 13:58:36)


■はじめまして

 年末のちょっとゆとりのあるときに,いろいろブログをみて回り,ここにたどり着きました。私も皆さんにならってブログを始めて見ましたが,立ち上げるのに一苦労。コメントつけるのに1時間といった感じです。><

 うちも来年度研究会。1月末には自分自身が学校中でただ一人の授業研究があたっています。力不足の私には大変です。

 みっぴさんの子どもに接するときの指導の仕方,とても参考になります。今後も,続けて見させていただきます。

奈々氏 (2006-01-07 11:36:55)
PR
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
私とブログについて
小学校の教諭をしていましたが、2012年に退職しました。
定年じゃないですよっ!
ヾ(@°▽°@)ノ
今は、教育とは全く関わりのない生活を送っています。

ここに書かれている教員生活は過去のことですが、 今、先生として頑張っていらっしゃる方々の 何かしらのヒントになればと思って、 そのまま置いておくことにしました。

大変な毎日だと思いますが、まずは自分自身を大切に、 自分のできる範囲で頑張って下さいね!
応援しています。
広告
P R
material by:=ポカポカ色=
忍者ブログ [PR]